2006年2月号 編集 砂川 香代子
十三日 「 お別れ 」
もりもいやがる
ぼんからさきは
ゆきもちらつくし
こもなくし
「昔話をしてくれました」
お金を家に入れない亭主に業を煮やし、酔っ払って寝ているところを、馬乗りになり殺そうかと思った話です。
二人で大口を開けて大笑いしました。腹がよじれるほど笑い、可笑しくて笑い泣きしました。苦労も笑いに変えて、あっけらかんと世の中を歩いてきたような人でした。周りはいつも笑いに満ちていて陰気な事が大嫌いでした。人形が喋る事を信じきっていて、人形が返事をしないと真剣に怒っていました。職員は、腹話術が達者になりました。
リフトにカメちゃんと名前付けてくれたのもあなたです。食事の時は、隣のおかずばかりを欲しがりました。箸でおかずを掴むと、職員の口に強引に押しこむ人でした。深夜は、ナースコールを始終鳴らしていましたね。何事かと飛んで行くと、あなたは鳴らしたことさえ忘れて喜びます。戻ろうとする背中でブザーを押しているあなたでした。お化け騒ぎもありました。
何でもが人に見えるようで「カーテンの所に髪の長い女の人がたっとる」と言い、気の弱い職員を一晩中震え上がらせました。深夜に駆けつけた職員がよーく話を聞くと、お化けの正体は、掃除機だったりしました。お気に入りの職員に、「私が死んだら、あの世でずーと見守ってやる」と、言うのが口癖でした。本当に見守ってあげるのでしょうか?いつものように「忘れとった」なんて言っているような気もします。そう言えば、深夜に真っ白に化粧をしていた事もありますね。巡回した職員が、真っ白い顔に真赤な唇で「ニーッ」と微笑むあなたを見て縮み上がっていました。「かわいい」「良く似合う」「すてき」と、声を掛けられと本当に嬉しそうでした。ふらつく足で、炭鉱節を賑やかに踊ってくれました。カメちゃんにちょこんと座って「おいしーよー」と煙草をふかしていました。髪形を気にしてパーマにかかさず行き、きれいにしていました。話し出すと足が止まり、歩かせるのに苦労しました。あんなこともこんなことも思い出されて眠れなくなります。テーブルの上にはあなたの写真と陰膳を供えています。住人達は、「おはよう」と、写真に声を掛けます。あなたがいる気配がここかしこにあります。あなたが可愛がっていた彌枝さんが、写真立てを見て「こんな所に、入ったのね」と、言いましたよ。写真のあなたは、きっぱりとこう言っているようです。
「私の、人生も満更じゃなかったね」窓辺のアマリリスの鉢植えが、帰ることのない主をひっそりと待っています。 田中 エミコさん 享年 八十二歳ご冥福をお祈り致します。
○日 「ばかしあい」
住人になって三ヶ月程。彼女は、重度の認知症です。毎日、悩みが尽きません。部屋にいる時は、だいたいみんなと同じような行動をします。箪笥のものを出したり、しまったりベッドの下にぎゅうぎゅうに押し込んだりします。紙を破ったり、ためこんだり服を脱いだり着たりします。違うのは、ポータブルの中の汚物をいじったり、そこら中に失禁することです。
そして、疲れるとベッドか、床で「へ」の字になって休みます。思いのまま行動しているようです。介護の抵抗が猛烈に激しいので、ドアの隙間から様子をつぶさに覗い、眠ると「せーの」で掃除に入ります。床は、汚物で汚れていますし、蒲団は濡れています。彼女は、悪臭にまみれて小さくなって眠っています。清潔な蒲団と衣服に替えてやりたくて、二人掛りで格闘します。高齢とは思えぬ抵抗に合います。「そんなことは、せんでいーよー」絶叫します。ズボンに手が掛かると、「なんで、おろすのー」哀願しながら職員を罵倒します。火事場のナントカですごい力で足蹴りを食らい唇を切ります。上着を脱がそうとすると、引掻き、腕に血が滲みます。彼女の視線が床に落ちます。はっと見ると杖があります。これで殴られては大変と、一瞬先に掴んで放ります。
何分かすると大騒ぎしたのが嘘のように、部屋は、さっぱりと片付き布団は、真新しいシーツにくるまれ、彼女も小奇麗になりました。罵倒する彼女を置き去りにして、急いで退散します。しばらくすると狐は、洞穴から出てきます。すべてが夢だった様に狐は、微笑みます。「ありがとーねー」「いろいろしてもらって…」感謝の気持を口にします。つままれた狸達は、苦笑いをします。こうやって、狐と狸のばかしあいが、日に何度も繰り返されました。それでも、どういう具合か朝からとても機嫌のいい日もありました。「ありがとう」「すいません」といちいちお礼を言ってくれ介助もスムーズに進みます。同じ人物かと疑いたくなるくらいです。床でへの字で眠る彼女の切なさに、畳みを二枚敷くことにしました。北風の吹く中、彼女を車椅子に乗っけて近所の畳屋さんに注文に行きます。彼女は、意味が飲込める無愛想はなりをひそめ穏やかな表情です。いよいよ畳みが敷かれた日は、深夜の徘徊もなく静かにぐっすりと眠りました。「畳みは、いーねー」褒めてごろりと、彼女の横に添い寝してみます。「泊まんなさい」狐は、好々婆に化けてニコニコ笑いかけてくれます。「おとうさんが、買ってくれたヨー」自慢します。「よかったねー。いいおとうさんやねー」「そーでもないけどねー」謙遜します。表情は、和らぎ別人のようです。だからと言って、狐の手が和らいだと思うのは、素人の浅はかさです。あっという間に豹変するので、手は抜きません。それでも、部屋に掛け時計を掛けて「○時だから○をする」と話しかけたり「○時は、風呂です」と大きく書いて部屋に貼ったり、絵本を読んだり散歩をしたり話しかけをしたりしたのが、功を奏したのか中旬頃から手のひらを返したようにふつーの人になってきました。「なんもかんもしてもらってごめんねー」「ほんとは娘がせないかんのにごめんねー」「ありがとうねー」あなた誰?と疑いたくなるくらい労いの言葉を乱発します。顔は、柔和で笑っています。「笑っているよー!」驚きでいっぱいになります。「雪が降るよ」なんておっかなびっくりしていましたが、確実に変化の時期が彼女に訪れたのでした。彼女はしらずに大きく変わり始めたのです。つまり、介助いかんでは、介護拒否の行動障害や暴力も治るということが実証されました。嬉しいのですが、今までが、余りにも激しかったので狐につままれたようでにわかには、喜べない狸でした。
「認知症ケアの基礎」という本の一文を紹介したいと思います。
認知症高齢者の内的世界の理解」
自分の思いや苦悩を適切に自分の言葉で表現できなくなる「認知症」という病気に悩む人達が体験している世界を我々はどの程度理解しているのだろうか。ある日のBさんの情景を基に考えてみた。
【職員の視点】
Bさんには認知症の症状がある。半年前に特別養護老人ホームに入所したが、中々施設の生活になじまない。ある朝、Bさんは居室から出て周囲をキョロキョロと見回しながら廊下をゆっくり歩いている。職員が「おはようBさん」と挨拶するとちょっとびっくりした様子で「おはようございます」と挨拶を返してくる。「朝御飯を食べましょう」と言うと「あのー実は、お金がないんです」と言う返事「お金は、息子のTさんからもらっているから大丈夫ですよ」と伝えると、不思議そうな顔で「Tが払ったんですか」という。サロンに案内して食事のトレイを置くと「あの…実はお金がないんです…」と重ねて言うために「だからお金は、息子のTさんからいただいていますから、どうぞ召し上がってください」と説明する。食事を早々に終えたBさんは落着かない様子で再び歩き始める。先週は、施設から出てしまってスタッフが総出で探した為に、徘徊が始まった時にはスタッフが1名付いて行くことにしている。今朝も食事を終えたBさんは歩き始めた為にスタッフが1名付いて行くと、Bさんは時々スタッフほうを振り向きながら歩き始めた。
【Bさんの視点】
朝目が覚めるとどこか見なれない部屋にいる「ここはどこだろう。なぜ自分はここにいるのだろう。どうやってここに来たのか」となにも覚えていない自分に気がつく。不安になったので廊下に出てみる。両側に同じような部屋が並んでいて高齢者がベッドに寝ている姿が目立つ。同じ服を着た若い人たちが忙しそうに動き回っている。「ここは病院なのか」と思う。「おはようBさん。と制服を着た若い人の声を掛けられた」とっさに「おはようございます」と答えてみた。「あの若い人は、なぜ自分の名前を知っているのか、ここはどこなのか」聞いて見ようと思ったが「朝御飯を食べましょう」といきなり言ってきた。お腹がすいているような気がするが、御飯を食べるのにお金を持っていない事に気がついた。思いきって「あのー、実はお金がないんです」と言うと若い人は「お金は、息子のTさんからもらっているから大丈夫ですよ」という。「息子のTはまだ中学生のはずなのに、お金を払ったというのか。これは何かおかしいぞ」と思うが、とりあえず食事にいくことにした。食堂のような居間のような所へ案内されると7〜8人のお年寄りがテーブルについて食事をしていた。「ここはなんで年寄りばかりなんだろう」と思っていると、目の前に食事ののったお盆が置かれた。これを自分が食べるのか」と思うが、お金を持っていない事に気付き若い人に「あのー実はお金がないんですけど…」と思いきって言ってみた。すると若い人はなにかイライラした様子で「だからお金は息子さんのTさんからいただいていますから、どうぞ召し上がってください」と言われた。少し怖くなって取り敢えず食事を食べることにした。「これを食べたら家に帰らなきゃ、職場にも連絡しなくては…それにしてもここはどこなのか、取り敢えず出口を探さなくては」と思い、歩いて見る。すると若い人がニコニコしながら自分の後をついてくる「なにか薄気味悪い、どうして後をついてくるのだろう」
色々なケースがあるのでいちがいに皆さん同じ症状というわけではありませんが、健常者と認知症の方とは、大体においてこのくらいの隔たりがあります。「行動する」事にはひとつひとつ何かしらの意味が含まれています。それを理解してあげて話を聞くのと、聞かないのでは彼らを安心な生活へ導く事は出来ません。心に「おかしい」とか馬鹿にする思いが少しでもあると繊細な彼らはたちどころに心の中を読み取り聞く耳を持ちません。逆に相手を思いやる気持からでるきつい言葉は心に伝わる日が必ずくるように思います。愛があれば道は必ずひらかれる。そう信じ日々介助させてもらっています。
第1・第2ホーム
入浴日月・水・金
リハビリ顔体操・足浴
リューマチ体操・両手足ストレッチ・歩行訓練
レクレーション
塗り絵・家事全般
ボール遊び・日光浴・
早口言葉・カラオケ・
貼り絵・しりとり・合唱
10日・合同初詣・若松蛭神社・回転寿司昼食会
誕生日
5日重光90際
23日坂本83歳