2006年7月号 編集 砂川 香代子  

○ 「入道雲」
「アルツハイマー認知症」と間違いやすい病気に血管性認知症、レビー小体病、パーキンソン病、慢性硬膜下血腫があります。その中で、アルツハイマー認知症についで多く発病するのが「血管性認知症」です。この病気は、脳梗塞、脳出血の発作後急激に認知症の症状が現れます。特徴としては、認知症の病状に波があり、良いときと悪いときがはっきりしていて一時的に軽快することです。脳の血管障害によって脳内の神経細胞や神経繊維が破壊されて起こる認知症の総称を「血管性認知症」とよびます。脳血管障害によって脳内に大小の梗塞が多発すると認知症が生ずるため「多発梗塞性認知症」と呼ぶこともあります。慢性の高血圧症、脳の動脈硬化、糖尿病などが原因にあるといわれています。

「血管性認知症」には、アルツハイマー認知症に比べはっきりわかる違いがあります。夜間の不眠や不穏、病状の変動の激しさ、なにかというと泣いてしまう感情失禁、少しの変化で怒ったり笑ったりする感情易変動があります。そして、おおきく異なるのが、知的機能の一部が保たれているということです。そのため出来る事、出来ないことが際立ち「まだら認知症」、俗にまだらぼけといわれています。介護する側に立つと、ある意味、アルツハイマー認知症に比べて神経をつかう症状が多々あります。この症状は、経験がない方にはどういう風に神経を使うのか意味が飲み込めないでしょう。少しお話しします。彼女は、六十九歳です。感情失禁、感情易変動が激しく泣いたり、怒ったり、が忙しくやってきます。目の病気があるため、泣くのは天敵です。ところが泣きはじめると本人にもコントロールが難しいらしく止まりません。人目をはばからず子供のようにオイオイ泣きます。目は、見る見るうちに腫れ充血します。職員があの手この手でなだめます。この「なだめる」という行為が例えば十通りあるとします。

すると彼女の場合、何が何でも十通りなだめないと落ち着きません。いいように考えれば、十通りで落ち着けばいいではないかと、思われるでしょうが、これが日常茶飯事続くのは骨の折れることです。もちろん本人の骨が一番折れるでしょうが。
 彼は、七十二歳です。感情易変動が激しく、しかも激情型です。普段は好々爺で、面白おかしくメイトを愉快にさせてくれます。が、突然怒り始め、他のメイトに暴言をはき傷つけたりします。ので、看視は怠れません。先日こんなことがありました。

共用のテレビがついていました。食後で三々五々、各々好きなことをしています。日常で一番のんびりする時間帯です。突然、共用に怒声が響きます。瞬間、皆の顔が固まり、声の主を見つめます。よく聞くと「テレビが見えん!」と怒鳴っていることが判りました。彼はテレビが見たかったのです。それなのにです。誰も彼に気を使わず、おまけに彼の席からテレビが見えにくいことを誰も気にかけてくれません。癪にさわります。怒りに任せて怒鳴り、自分をアピールします。とにかく自分の気持ちを教えたいのです。音を立て大仰に席を立ちます。「私は、怒っている」ことを皆に知ってもらいたいのです。普段足取りがおぼつかず、よろめいて歩くのが嘘のようにテレビの前まで俊敏に移動します。そして、テレビをやおらつかむとちょっぴり、ほんのちょっぴりテレビを移動しました。位置的にはほとんど違いがありません。

そして、まるで仕上に聞こえるような声で、「よし!」と一言いい、席へ戻りました。傍目には、テレビの位置はほとんど変わりません。驚いたのと、可笑しいのとで一同は固まったままです。周囲から見ると可笑しいような行動ですが、彼の感情は常に「揺れ動く」爆弾を抱えているがごとくです。わずかなストレスが焦燥感、被害感、混乱をおこします。周囲のなにげない一言が本人に混乱をおこし、健常者には想像できない攻撃的な言動や興奮状態を招いたりします。

彼女は六十四歳です。他人に対して従順ですが従順ではありません。「?」と、思われるでしょうが、これも「血管性認知症」の特性のひとつといえます。人格はアルツハイマーに比べ保たれていますから、知的分野が高いのです。他人の言うこと、することがよく理解できます。傍でしている秘密の話などもこっそり聞いているので油断大敵です。職員の特性もよく心得ていて使い分けます。彼女は麻痺ががあるのと元来の性格でめんどくさがり屋さんです。寡黙で、出来れば一日中食べるか寝るかのふたつで居たいほうです。それを叱咤激励してリハビリをします。
この時、若い女性だとなめてかかります。ぐずぐずと聞こえないふりをして動かざる事山のごとしです。男性がやってくると瞬時に動きます。リハビリ、歯ブラシ、トイレ、寝る、起きる、着る、脱ぐすべてにおいて相手で切り替えます。先日、見かねたのかご主人がお説教を懇々と始めました。向かい合って鎮座し「あなたもね〜」から優しく始まりました。口調は優しいのですが敬語です。目に見えない威嚇が充分過ぎるほど伝わります。もともと障害のため傾きのある彼女の姿勢がみるみるうな垂れこうべを垂れます。その場にいた職員、メイトは、自分が説教されているような気分になり殊勝に聞き入ります。ご主人の言われることは一々もっともなので、内心「フムフム」と一同感じ入ります。一時間半続きました。彼女は、黙って聞きました。そして、その日から少しだけリハビリに積極的になりました。何もかも、判っているのです。判っているのですが、頭の中で噛み砕いて話す言葉にする作業、手足に伝える作業が困難なのです。ずーっと一緒に暮らすとそのことが歯がゆく苦々しく思え、批判したり追い詰めたりして、認知症に拍車をかけてしまいます。「血管性認知症」であることで、沢山のもどかしさをかたちに出せずに不遇な生活を強いられています。ストレスなくその人らしく暮らしてもらい、心地よい居場所を提供する「パーソンセンタードケア」というケアが現在の基本です。でも、ほんとうのことは誰にもわかりません。メイト本人が「こうして欲しい」と言ったことが無いからです。優しさばかりでなく「本当のことを知ってもらう」少しのストレスも背負って貰う「駄目なことは駄目だという」真綿で包んだようなケアだけが本当のケアなのだろうかと考えさせられます。

裏の林から、蝉の声がひっきりなしに聞こえます。じわじわとからだの水気が蒸発して肌がカラカラになってゆくようです。お昼から気分転換に玄海を眺めに行きました。メイト達は感嘆の声を上げます。果てしない海は、気持ちを大らかにし、いっとき、病気である我が身をわすれさせてくれます。遥か向こう水平線の際に大きな入道雲が切り立った崖のように浮かんでいます。彼も彼女も飽きずにただ海を眺めていました。

犬抱けば 犬の眼にある夏の雲
高柳 重信

○「おかえり」
季節の変わり目は主婦にとって忙しいものです。洋服の入れ替え、布団の打ち直し冬物の虫干し、梅雨が終われば夏支度に、あれやこれやと心をくだきます。
彼女はもうすぐ八十六歳です。
パーキンソンのため言語や歩行に不自由があります。ところが最近メキメキとリハビリの効果が出始めました。自分で精一杯の生活だったのが、元来の性格「お世話焼き」が頭をもたげます。「食事が終わるとテーブルの上を片付け、ふきんで拭き皆さんの食器を流しに下げる」つもりです・・・が、実際には四肢が不自由なため、食器がうまく持てず、鶏が喜ぶくらい米粒やおかずが自らの足元に散乱しています。左隣の重光嬢の空の食器をつかもうとして「なにするの?」と叱られます。ならば、テーブルを拭こうとしてふきんをつかみ前の席の川野嬢の湯呑みをつかんだ瞬間、右隣の高山氏に「あんたのはこれよ」と勘違いされ叱られます。それならばと、自分の前だけくしゃくしゃのふきんでテーブルを拭くことにします。モゾモゾと拭く姿はきれいにしているというより、自らの食べこぼしをテーブルに練りこんでいるように映ります。テーブルを拭き終わったので自分の食器を流しに下げようと立ち上がります。

「あぶないよ!」悲鳴のような掛け声が四方から彼女に向かってかかります。手にした食器はもぎとられ元の位置に鎮座します。「なんで?」彼女には納得がいきません。「なんでも出来るのに」なのです。表情にははっきり不満が見てとれます。感情が豊かになりました。食後、消沈な彼女のために腰を振っておどけてダンスを披露します。たちまち喜んで手拍子をしてくれます。「自分のために何かをしてくれる」と言う事に敏感に反応し感謝してくれます。ある日の明け方、人目をしのんで一人で外へ出ました。こんな時の足取りは驚くほど達者で速いのです。よろめくこともなくタッタと歩きます。このまま誰にも見つからなければ何処へでも行けそうです。まるで背中に羽が生えた気分です。楽しくて仕方がありません。でも、一〇メートルも歩かないうちに「御用」となりました。不服です。何故自由にしてくれないのかしら?理由を聞きたいのだけど、うまく聞くことが出来ずほんとうに心外です。行きたいところがあるのに・・・鹿児島の家に帰ってお父さんの夏の準備をしたい。お父さんはきっと着るものが判らず困っているはです。なのに、なのにみんなは、何も判ってくれません。あと、ちょっとでお父さんの所に行けたのに。残念です。
お父さんはどうしているのかなー。今度、娘にきいてみよう。「おかえり」入り口でみんなと彼女の帰りを迎え入れました。転ばなくて本当によかった。ほっと胸を撫でます。今日も暑い日になりそうです。

炎(えん)昼(ちう)や法師に父母をゆだねたり
角川 源義

行   事
18日、合同レクレーション 焼肉昼食会
20日、第1玄海ドライブ
18日、田中嬢93歳おめでとう!