2006年8月号 編集 砂川 香代子  

○ 日「認知症の妄想」

認知症の初期には身近な人間に対して疑い深くなることがある。穏やかで人間関係のトラブルなど全く無かった人が、認知症のごく初期に些細なことから身近な人間に対し被害的な感情や嫉妬の感情などが生じることが多い。認知症の主たる症状である認知機能が障害されると、ものごとを正しく判断する能力が欠如するために、本人の欲求が満たされないことから短絡的に身近な人を攻撃することで解決しょうとする。たとえば、食事の時間に家族が話題にしている内容が自分には全く理解できなかったり、自分への関心が示されなかったりすると「自分をのけものにする」「自分がいないほうがよいと思っている」など被害的になったり、配偶者が少しでも自分を無視する態度や言動を見せると「浮気をしている」と思い嫉妬の感情に発展する。当初は周囲の「そのようなことはない」「思い過ごし」との説得に疑いを拭い去らないまでもその意見を聞き入れようとするが、そのう
ちに全く訂正不可能な確固たる妄想に発展していく。これは、衰えていく判断力への自己防衛の現われだといわれています。

もともと「疑い深い」性格の人であれば以前よりも疑い深い感情が強くなり、その頻度が増え、さらにはその内容が根拠に無い理解に苦しむ内容で、いくら「そのような事実が無い」と説明し考えを改めようとしても、頑固に聞き入れないようであれば、それは病的な妄想として対応しなければならない。その際に、妄想は訂正不可能なあやまった考えであることを念頭に置き、訂正や説得はむだで、むしろそのような対応は、妄想をさらに根深いものにしてしまう。妄想を疑われた高齢者の場合については、その原因に認知症など脳に何らかの障害があることが多い。

○ 日「さるすべり」

妄想のもうひとつの症状として幻覚が伴うことが多いことがあげられます。とくに「だれかが家にいる」「子供が夜中に部屋にいて眠れない」など「幻の同居人」と呼ばれる症状をみることが多くなります。彼女は、九十四歳。老化に伴う動脈硬化が進み、脳梗塞などが増加し、それはまた新たな認知症の周辺症状を呼び起こし、妄想は日に日にひどくなります。「幻の同居人」は、彼女の部屋を占拠し悩まします。日中は、昨晩いかに悩まされたかを訴え、子供たちが何人もやってきては騒ぐと愚痴ります。「子供はうるさいからきらーいー」語尾を延ばしてしかめっ面で話します。その割には自らが、いつの間にか出産したらしく自分の赤ん坊の心配も加わります。赤ん坊のパパは職員のひとりと決めて、彼の動向も気になる上に、恋のライバルまで出現させ心中穏やかではな刺激的な日々を送っています。ライバルの動向チェックには、余念がありません。もちろん焼餅もちゃんと焼きます。

赤ちゃんは、キティちゃんの縫いぐるみです。丁寧に抱いて触っていたかと思うと、いつの間にやら床に投げ捨てて、粗末にします。時間がたち「はっ」と思い出すようで「赤ちゃん」を気にし始めます。間髪いれず膝に縫いぐるみを置くと憑物がおちたように落ち着き払います。「みさちゃん」と、自ら名前をつけました。縫いぐるみを「みさちゃんみ、さちゃん」と呼び、かわいがります。「此の頃、英語が話せるようになったよ」逐一成長ぶりを職員に報告します。何から何までそんな風かというと、そうでもなく、他人の観察をちゃんとしていることに驚かされることが多々あります。あの人は太ったとか、痩せか、ちょこまか働く福永さんを見て「福永さんはきれい好きやねー」と、関心をみせ、(きちんと個人の名前さえも把握しています。)食事介助されているメイトを見ると、「あの人は甘えすぎ」と、他人に対しての鋭い観察眼を披露します。どちらにしても彼女の妄想は何一つ他人に害がなく、時には笑いさえ提供してくれる楽しい妄想です。

一方、こちらの彼女は七十七歳。
ものへの執着が、もともと強くあったようです。紛失が気になってしょうがありません。メイトが着ている服が自分のではないか、洗濯したものが戻ってないのではないか、繰り返し聞きます。たたんだ洗濯物を彼女に一々見せ「仕舞うよ」確認させます。「うん」職員の手元を、じーっとみつめます。判ったような素振りですが、暫くすると同じ質問を繰り返します。盗られるような気になるのか、無くされるような気になるのか、それはわかりません。ですが、不安な気持ちだけは伝わります。彼女の不安を解消するため彼女の洗濯物だけは、居室に干すことにしました。彼女の部屋の頭に、洗濯物が、ブラブラと垂れます。それを満足げに見上げて彼女は夜をすごします。みるみる「物盗られ妄想」はなくなり懐疑の念は、なりを潜めました。二十三日、彼女のお誕生日でした。「なにが食べたい?」聞くと「そーねー、この暑いのにケーキは食べたくないねー。スイカがいいねー」きっちり答えます。急きょ、スイカの上にローソクを並べ、ハピーバースディをメイトと歌うことになりました。嬉しいのか嬉しくないのか心配のなくなった彼女の口数は少なく、伺いにくい顔色です。マイペースでスイカを食べやおら、一言、「おいしかったー」と、満足げです。たぶん、喜んでいるのでしょう。食べ終わると、日ごろと何一つ変えることなく、いつものようにソファに行くといいます。いつものように午睡に突入するのでしよう。「いまさらひとつ歳をとったからといって、なにがうれしかろうか?」物言わぬ顔が、言っているように見えます。

蒸し蒸しする昼下がり、突然、遠雷が響きわたりました。地面が動いたように感じます。驚くのは職員だけで彼らには何も聞こえなかったみたいに、知らぬ顔です。ドカーンと二、三度貫いた後、「続きです」と、いうように、さっぱりと夏の雨が降りました。焼けた地面が一風呂浴びたように涼やかになりました。
 この機を逃さずと散歩に出ます。住宅の塀からひょろひょろと細い枝が風に揺れます。先っちょに桃色のぼんぼりのようなかたまりが揺れています。

百日紅(さるすべり)の花です。「ちっとも暑くないもんねー」猛暑の中で、まるで、あなただけが元気そうにみえます。打ち水した後の散歩は心地よく、三度目の秋が見え隠れします。

      ?

深夜の巡回。起こさないように、そっとドアに手をかけます。「ニョキッ」。目の前に九十四歳の彼女が。いきなり、思いもしない彼女の顔、出現!で、ドッキリさせられます。瞬間、なんといっていいのやら、「#$☆*Q£¢?」なにやら、思いがあって、居室を歩いている彼女には、わたしのことなど目に入らぬようにマイペースで動いています。驚いた私だけが、取り残されてしまいました。彼女は、なにひとつ動ずることなく、お念仏のような言葉をつぶやき続けています。私の存在なんか微塵も気にかけていません。夜中に何事かつぶやきながらベッドの周りをぶつかりもせず、器用に歩いています。百日紅の木は、猿もすべるからそう呼ぶとききました。深夜二時、眠らず歩きまわるあなたの姿は、木に登り損ねて駄々をこねている小猿のようにもみえるのでした。

病よしと暑中見舞いに書きそへる
那須 青牛

○日「魔法のコトバ」

彼や彼女たちにも必ず一つや二つ魔法の言葉があります。
そのコトバは、珠玉のように、心の中で温め続けた愛の言葉です。「覚えてはいないけど忘れはしない」愛の言葉は、私たちにとってどれほど助けになるか、計り知れません。

「入浴しない」、「ごはんを食べたくない」「着替えない」「休まない」「お薬を飲まない」「散歩に行かない」「勉強しない」さらには、「起きたくない」と、子供が駄々をこねるような、可と言って彼らなりの言い分があるストライキのときに、宝の箱からジャーンと登場します。すると、魔法の言葉は、彼らのハートを射抜き「そーねー」「しゃーないなー」「そうしょぉかー」と、たいていの場合、ストは回避されます。それでも回避されないときは、たいてい、具合悪いところが何処かしらにあるので病気の早期発見にも一役かっているといえるかもしれません。例えば、彼女の魔法は「おとうさん」グズグズの動きがちょっぴり早まります。切れた油をさした如くです。こちらの彼女の魔法は、「ともちゃん」です。大好きです。意識レベルが低いながらも、目が一瞬キラリと光ります。幸せオーラが彼女を包みこみ、なんとなく足運びがスムーズです。この方は、「あっちゃん」です。間髪いれず「よーめんどうみてくれるー」と、毎回同じ会話のくりかえしとなり、たちまちのうちに用事が終わります。
こちらは、「かほるさんとおとうさん」写真を見つめてニッコリ笑顔を見せます。彼女は、あまり見せない笑顔を惜しみなく見せて、幸せの記憶を手繰り寄せるような表情をします。彼女は「ダンス」です。情熱を燃やしたダンスだけが、血肉をわかせるのです。まだまだ、たくさんあります。人の数だけ、幸せの記憶があります。記憶は、その真ん中に座っている人への記憶へ繋がるようです。幼子が口の中で転がす大きな甘い飴玉のように、覚えて無くても忘れないものです。

「♪魔法のコトバ 
口にすれば短く
だけど効果は 
凄いものがあるってことで 
誰も知らない 
バレても色あせない
 その後のストーリー 
分け合える日まで」

魔法のコトバ・歌「スピッツ」

ひとり居のわれに首振り扇風機
       細川 加賀

わが妻に過ぎたる目鼻ところ天
       寺島 夾竹桃

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18日、焼肉昼食会

お誕生日おめでとう!
20日、久永嬢86歳・
23日、上山嬢77歳